大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和31年(行)13号 判決 1958年2月18日

原告 高根藤雄

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、「昭和二十九年抗告審判第一一五三号事件について、特許庁が昭和三十一年二月二十五日になした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は請求の原因として、次のように述べた。

一、原告はその考案にかかる壜帽の形状及び模様の結合について、意匠を現わすべき物品を第十九類壜帽と指定して、昭和二十八年十月二十四日登録を出願したところ(昭和二十八年意匠登録願第七九五四号事件)、拒絶査定を受けたので、これに対し昭和二十九年六月十二日抗告審判を請求したが(昭和二十九年抗告審判第一一五三号事件)、特許庁は、昭和三十一年二月二十五日原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は同年三月六日原告に送達された。

二、審決は、昭和二十八年実用新案出願公告第六一九七号の図面に表わされた金属製キヤプシールを引用し、同キヤプシールは、円筒形を上部に至るに従つて漸次稍細く、高さを底部の直径よりもやや高くし、上縁を内側に折り曲げて幅狭い二重縁部を設けたものであると認定し、これと原告の出願にかかる意匠とを比較して、その意匠を現すべき物品において、壜帽とキヤプシールは類似の物であり、その形状においてはその高さと横幅との割合及び上端と下端との直径の長さの割合において多少の差異は認められるが、両者は共に円筒形を上部にいたるに従つて漸次やや細くしたものであつて、類似と認むべきものである。そして上縁折曲縁部が円弧を多数連続した形状をしているか、直線状になつているかの差異は、内側部における差異であり、かつ本件物品の使用にあたつても、顕著に表われることのないものであるから、両者間には微差があるに止まり、全体として類似の意匠と認むべきものであるとしている。

三、しかしながら審決は引用例を不当に拡大してその認定を誤つたか、又は実用新案と意匠とを混同したものであつて、違法として取り消されるべきものである。すなわち

(一)  引用例において上縁を内側に折り曲げて幅狭い二重縁部を設けたものは、実用新案の構造と効果とにかかるものであるのに、審決はこれを意匠を構成するものと認めた。しかも引用例のものは、意匠上の考案力を欠如したものであることは明瞭である。

(二)  両者が円弧を多数連続した形状をしているか、直線状になつているかの差異は、内側部における差異としたのは、前項の判断と比照し、本件出願の意匠の考案力と意匠的効果とを軽視したものであつて、彼此物品の二重縁部に対する判定の此率は、同等であるべきはずなのに、軽重の差違を附した。

また上縁折曲縁部を除いたキヤプシールの形状は、過去十有余年来、当事者間において普通に使用されて来たありふれたものである。従つて引用意匠も本願の意匠も、これを全体として総合的に判断すれば、その重要部は、上記上縁折曲縁部が直線状なると、円弧を多数連続した形状(花形模様)なるとの差異につきる。しかるに審決が、この上縁折曲部の差異については、「内側部における差異であり」とのみ一言でいい捨てているのは、類否判断における重要点を軽視したものである。

(三)  両者間には微差があるに止まり、全体として類似の意匠と認むべきものとしたのは、両物品に関する認識と理解とを欠き、かつ本件出願の意匠を表わす物品について、当該意匠の果す審美的価値を過少に評価したものである。

すなわち審決の見解は、(イ)両意匠の物品は、指先でつまみ、手掌に戴せることができるほど、軽量であつて、形状も小さく、(ロ)しかも当該物品は、壜口に嵌装され、壜とともに販売せられる外、壜口に嵌装せられる前、既に一個の商品として、そのまま販売せられるものであり、(ハ)かつ壜口に嵌装せられたものは、使用の際開封せられるものであり、(ニ)又商品として、そのまま売買の具に供せられるときは、取扱の便宜上数十ケを重ねて一連にするものであること、などの特性を全く理解せざるは勿論、当該上縁折曲縁部がたとい内側にあるとしても、(イ)によつて看者の注意を惹き易く、誰にも認識せられ易いこと。(ロ)によつて露呈せられていること。(ハ)によつて変化を生じ、(ニ)によつて一層美化せられることの外、外側がありふれた形状であるだけに、上記(イ)項の場合と相まつて、全形状の単調を破り、当該物品の全体における審美的価値を生ずるものである。

これ等の諸点について、何等の願慮を払わぬ被告の主張は、審理不尽である。

更に被告が、両者の二重縁の部分の全体に対する重要さについて同等に見ていないことは、すでに前段の諸点に関する考察を逸脱した外、直線状と、円弧を多数連続した形状(花形模様)との類似点については、既述のように、ただ内側にあるとのみ説明したるにとどまり、詳細な理由がないことによつても知られる。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、原告主張の請求原因に対して、次のように述べた。

一、原告主張の請求原因一及び二の事実はこれを認める。

二、同三の主張は、これを否認する。

(一)  原告は引用例に示したものは、実用新案の構造と効果とに係るもので、意匠を構成したものでないと主張するが、物品意匠の目的は審美的価値であり、実用新案の目的は実用的価値であり、ともに型に具現されるものであるから、一箇の型が両者を具えることができない理由はなく、意匠法第七条、第八条第四項実用新案法第五条、第六条第三項は、このことの可能を前提とする規定であり、またデザイン界の現況では、機能的な形が美的なものと一致する場合のあることは、常識とされているところである。

引用例の図面に表わされたものは、円筒形を上部に至るに従つて漸次稍細くし、高さを底部の直径よりも稍高く、上縁を内側に折り曲げて幅狭い二重縁部を設けたキヤプシールで、この種の物品としては、意匠的要素を具えたものであるから、これを意匠を構成したと認めても何等不当はない。

(二)  原告は、審決が、両者が円弧を多数連続した形状をしているか、直線状になつているかの差異は、内部的における差異であるとしたのに対し、本件出願意匠の考案力と、意匠的効果とを軽視したものであると主張しているが、両者の二重縁部が内側部の差異であることは、両者の図面によれば明らかである。右本件意匠における壜帽の内側上縁部は、斜上部から見た場合にしか見えない部分であり、いずれの方向からも見受けられる外側と同等に見るべきではないことは当然である。また審決は引用のものも、意匠として見て、本件の意匠と比較したのであつて、両者の二重縁の部分の全体に対する重要さについて、同等に見ているものである。しかのみならず、意匠法において保護の対象となるものは、物品の外観にあり、意匠は全体として看者に訴えるものであるから、意匠が類似するか否かの判断に当つては、全体観察の全体比較において見るべきものである従つて二箇の意匠を比較する場合において、部分的に見ては新規な点があつても、これが意匠全体の支配的要素になつていない場合には、意匠全体としては類似することになる。(これに反して、部分であつても、看者に強い印象を与える支配的要素となつている場合もある。)

本件の物品における上縁折曲縁部のように、壜口に嵌着されて、物品としての使用目的を果す状態においては、全く表面に現われないばかりでなく、物品の取引される状態においても、上斜方向からだけしか見えず、しかも注意して見なければ明瞭でない(出願当初の図面によれば、極めて簿い金属板であり、色彩上の変化もない)部分の如きは到底意匠の支配的要素になるものとは認め難く、この部分を類低的判断の場合に重要視できないのは当然である。

(三)  両意匠は、円筒形の上部に至るに従つて漸次稍細くし、上縁部を折り曲げた点において類似し、その差異点である折曲内側縁部が直線状であるか、円弧を連続させたものであるかの点については、内側部は、前項記載の理由によつて、外側程重要視できない部分であり、本件の壜帽は、原告が提出した見本によつて明らかなように、簿板からなるものであつて、折曲内側縁部分も、立体的に段が現われるほどのものでなく、又本件壜帽は、右見本に表われたように、縁部に縁取模様と色彩を施したものでないから、極めて目立たない差異であつて、これを微差と認めたのも当然である。

また原告主張の(イ)(ロ)(ハ)(ニ)の点について、一言すれば、(イ)形が小さいから上縁折曲縁の如きは、極めて小さく目立たなく、看者の注意をひかない。(ロ)上縁折曲縁部は、壜と一体として販売される場合には全く表面に現われないものであつて、壜口に嵌着される以前の一箇の商品として販売される状態において、前項記載のように注意深く見なければ見えない程度のものである。(ハ)キヤプシールが開封された場合は、物品としての用途を果し終つた一片の屑片に過ぎないものであつて、その状態をもつて本件物品意匠の一面と認めることはできない。(ニ)原告は販売される場合に便宜上数十個を重ねて一連とするものであつて美化されると述べているが、これは物品の配列された状態であつて、本件として論議の対象とならないものである。この場合にはキヤプシール上縁折曲縁部は殆んど目につかないものである。

第四証拠<省略>

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、当事者間に争いのないところである。

二、以上当事者間に争いのない事実と、その成立に争いのない甲第一号証(本件意匠登録願)とを総合すれば、原告の本件意匠登録願は、登録請求の範囲を「添付図面に示すとおりの壜帽の形状及び模様の結合」とし、第十九類壜帽を指定商品としており、右添付図面の記載によれば、右意匠は、「円形断面を有する薄板製の中空筒体で、上部に至るに従つて漸次やや細くし、高さをほぼ上下中間部の直径に等しくし、上縁を内方に折り曲げ、その折曲縁は円弧を多数連続した形状とした形状及び模様」を、その考案要旨とするものであることが認められる。

一方その成立に争いのない乙第一号証によれば、審決が引用した刊行物は、昭和二十八年七月六日特許庁が発行した昭和二十八年実用新案出願公告第六、一九七号公報であつて、右公報には、「円形断面を有する薄板製の中空筒体で上部に至るに従つて、漸次やや細くし、高さをその下端の直径よりやや高くし、全く凸凹を有しない上縁を内方に折り曲げ、その折曲縁は、従つて直線状をなしているキヤプシール」と記載されている。

三、よつて右認定にかかる原告の出願にかかる意匠と前記引用刊行物に記載されたものとを比較するに、先ずその意匠を現わすべき物品において互に牴触し、(キヤプシールが、いわゆる壜帽の一種であることは、当裁判所に顕著なところである。)次にその意匠について考察するに、その高さと直径との割合及びその上下の直径の割合に多少の差異は認められるが、両者ともに、円形断面を有する薄板製の中空筒体で、上部に至るに従つてやや細くし、その高さをほぼその直径と同じ位にしたキヤプシールで、かつその上縁を内方に折り曲げて、上端を幅狭い二重縁とした点では全く一致し、僅かにその折曲縁が、前者では円弧を多数連続した形状であるのに対し、後者はこれを直線状にした点で相異するものである。しかしながらこの折曲縁は内方に折り曲げられたもので、斜上方から見た場合しか見えない部分であり、かつ厚さも薄く、何等の彩色をも有しないもので、殆んど看者の注意をひかないものである。従つてこの部分の差異は、全体の意匠を別異のものとするに足りず、両者は結局類似の意匠となさざるを得ない。してみれば本件出願の意匠は、意匠法第三条第一項第二号により、新規の意匠とはなし得ないものであるから、同法第一条の登録要件を具備しないものと判断せられる。

四、原告は引用の刊行物は、実用新案公報であつて、これに記載されたものは、実用新案としての構造及び効果を有するものであるが、意匠上の考案力を欠如したものであるから、審決がこれを意匠を構成するものと認め、原告の本件出願の意匠と比較したのは失当であると主張する。しかしながら、意匠の目的は審美的価値にあり、実用新案は実用的価値を目的とするものではあるが、ともに型に具現されるものであるから、実用新案の対象である型が、同時に審美的価値を目的とする意匠の対象となることをなんら妨げるものではない。そればかりでなく、意匠法第三条第一項第二号は、刊行物の種類をなんら限定しないものであるから、たまたま引用した刊行物が実用新案公報であつたとしても、これに記載せられた型が、出願にかかる意匠の形状及び模様と、同一または類似するものである以上、審決がこれを引用して、新規性判断の資料としたことは、相当といわなければならない。

五、原告は、本件出願の意匠と引用公報所載のものとの差異は、上縁折曲縁部だけで、この部分を除いたキヤプシールは、過去十余年来周知のものであるから、結局この差異の点だけが意匠として見ることができるのに、審決はこの点を軽視していると非難する。しかしながら意匠法において保護の対象となるのは、物品の外観にあり、意匠は全体として看者に訴えるものであるから、意匠が類似するか否かの判断は、登録出願にかかる物品の全体について観察しなければならない。従つて部分的には、差異があつても、この部分が看者に強い印象を与える支配的な要素となつていない場合においては、この差異によつて両者は別異のものとはならず、その物品についての意匠としては、結局類似するものとなる。しかも本件出願にかかる意匠において、上縁折曲縁部が、看者の注意をひかず、強い印象を与える支配的な要素となつていないことは、前記三において認定するとおりであるから、右の主張も採用することができない。

六、原告は最後に、審決が本件出願の意匠を表わす物品についての認識と理解とを欠き、当該意匠の果す審美的価値を過少に評価したと非難しているが、審決が本件意匠を表わすべき物品である壜帽、キヤプシールについての認識と理解とを欠いていたと認められる証拠は全然なく、審決は、原告が意匠登録願に記載したところに従い、出願にかかる意匠の登録要件の有無を判断したものであり、原告の主張する、この意匠を現わした壜帽を、壜口に嵌挿締め付け、使用の際壜口を開封取り外し、更にこれを使用前数十ケ組として取引される状態等の如きは、いずれも本件出願の意匠そのものとはいい難いから、原告の右の非難も当らない。

七、以上の理由により、審決には原告主張のような違法な点はないから、これが取消を求める原告の本訴請求を棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例